バナナの雑学 2

バナナ2本でダイエット〜豆乳・炭水化物・産後〜

プロフィール

バナナダイエット

叶と申します
パソコンスキルは大してありませんが、ご覧のようなサイトを立ち上げました。有益なサイト作成を目指して日々努力したいと考えています。お役に立つようであれば嬉しい限りです。

ダイエットと一言でいっても数多くあり、自分にできそうなダイエットや自分に合ったダイエットを見つけるとなると大変ではないでしょうか?
そのような中ここで紹介しているバナナを食べるだけのダイエット法ならば、誰でも簡単に取組む事が出来るのではと考えご紹介しています。
ダイエットされたい方は一度取組んでみては如何でしょうか。
思ったより簡単にダイエットできるかもせれませんよ!

バナナダイエット

バナナの雑学 2


19世紀当時は、商品として取り扱われていたバナナは、ほぼずべてがグロ・ミシェルで占められていたようです。

しかし、この品種はパナマ病という病害に感受性が高く、そして感染したプランテーションは次々と壊滅的な被害を受けたようです。

1960年代にかけてこの病害への抵抗性をもつことで広まったのが、現在も世界のバナナ市場で主流のキャベンディッシュ群といわれるものです。

キャベンディッシュに代わってからは、果皮がグロ・ミシェルよりも傷つきやすいので、今まで全房ごと船積みして運んでいたものが、箱詰めしてから出荷するという形へと、輸送時の変化をもたらしました。

日本へのバナナの輸入は比較的最近になってからのことです。

記録によると、沖縄地方で1500年代に栽培がはじまっていたという報告がありますが、ひいしゃぐというマレー語のバナナに由来する語彙が初めて記述されているのが1770年頃ですので定かではありません。

一方で、日本へのバナナの輸入は1903年(明治36年)に台湾からの輸入が始まりと言われています。

その後、戦時中に台湾のバナナ生産はコメの生産を優先するために減少し、日本の八百屋からも姿を消しますが、1950年(昭和25年)に日本と台湾間で通商協定が結ばれ、バナナはふたたび輸入されるようになりました。

しかし、一般的に平均月収が約1万円の当時では、バナナは卸値で1キロ約1000円という超高級品になっていましたので、一般庶民の口に入るのは難しかったようです。

そんな状況でしたが、その翌年には戦争前のレベルまで輸入量は回復したそうです。

その後、昭和36〜37年頃は輸入船の船員からコレラ菌が検出され、台湾バナナは一時的に輸入禁止となったこともあるようです。

しかし、日本の高度経済成長の流れのなか、翌昭和38年に日本政府がバナナの輸入を自由化したことでバナナはブームとなっています。

このときに新興勢力としてバナナ市場に現れたのが、南米のエクアドルだと言われています。
 
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